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あの日から2年 羽生くんインタビュー。

2013 - 03/10 [Sun] - 13:37

東日本大震災で被災してから2年。
羽生くんが当時と現在の心境を語ってくれた。

昨年日本を離れ、カナダの名門フィギュアクラブ クリケット・クラブに練習拠点を移した羽生くん。
オーサー・コーチに師事するというニュースは、ここ数年の女子フィギュアスケートの騒動を憂えているファンなら誰しもが眉をひそめる選択だった。
(ずっと羽生くんを指導してきた、ななみ先生の存在が大きかっただけに……)
もちろん天水も。よりにもよって、あのオーサー・コーチかい!!……と。
(どうせなら、ぞにーと同じロシアの「おうじたま」ペト様に師事してくれればいいのに~~~~ってこれは冗談ですが・笑)

オーサー氏が傲岸不遜な女子の教え子から嘘つき呼ばわりされたあげく後ろ足で砂を掛けられるような真似をされてしまったことについては同情もするけれど、でも彼は自身が出場したオリンピックで「日本人ジャッジが自分に不当に低い点数を付けたせいで金メダルが取れなかった」と公言するくらいの日本嫌いだったので、そこに日本人の羽生くんが受け入れてもらえるのか……という心配もあった。

けれどそんないらぬファンの杞憂をよそに羽生くんは(以前から成長著しかったけどそれ以上に)目覚ましい驀進を見せてくれた。

羽生くんは前しか見ていない。

強い子だ……と思う。

渡航の第一の目的は理想のスケート環境を手に入れるため。
クリケット・クラブがどれだけフィギュアスケート選手にとって素晴らしい環境なのか、そしてオーサー・コーチに師事すること、自分の選択は間違ってはいなかったことを証明してみせた。

そして震災で経験した恐怖や悲しみを乗り越えるステップとして異国の練習場所は大変な刺激になったことだろうと思う。英語の会話だけで神経が疲弊してしまうことだってあっただろう。

震災のことは忘れたいけど、忘れてはいけない。

そんな葛藤を皆が抱えている。

あの日を忘れることは罪だと………。


(動画主さまアップありがとうございます!)

東北のためになんて思わなくていい。
自分の為に頑張ればいい。
そうすれば被災地のみんなが喜んでくれる。



仙台の希望の星 羽生結弦。

その重荷はいつしか前へ進む力へ。

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