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ロンドン五輪を支える日本人。

2012 - 06/25 [Mon] - 17:04

ロンドン・オリンピックも近づいてきましたね。
またエリザベス女王のダイアモンド・ジュビリーもあり
BSテレビや新聞では連日英国関係の番組や記事が発表されて
英国好きには嬉しいかぎりです。

そんな新聞記事の中から
ロンドン・オリンピックを陰で支える日本人男性を二人ご紹介します。



london run
                          
読売新聞 連載 夢を支えるLondon2012(2012年4月18日掲載より)

女子マラソン英国代表 マーラ・ヤマウチ選手
限界救った主夫兼コーチ
元証券マンの日本人と急成長


「夕食だよ」。キッチンから山内成俊(しげとし・40)が妻で英国女子マラソン代表のマーラ(38)に声をかけた。ロンドン郊外テディングトンの自宅アパート。食卓には、みそ汁やひじき、納豆……。ランナーに欠かせない鉄分やミネラルが豊富な日本食は、成俊がスーパーで買いそろえる。「いつもありがとう」。マーラが微笑むと、成俊は「コーチ兼主夫ですから」とおどけた。

成俊に陸上競技の経験はない。日本の証券会社で働いていた2001年、英国外務省の書記官で在日大使館勤務だったマーラと東京で知り合い、翌年結婚した。マーラは本国での転勤を機に「マラソンで五輪に出たい」と言い出した。英国ではクロスカントリーのトップ選手だった経歴がある。成俊は「素人だから」と練習を見守っていた。

分岐点は04年のアテネ五輪代表選考レース。17位で代表漏れし、落胆するマーラの姿に「食事や練習法を見直したらもっと伸びるんじゃないか。手伝うよ」と持ちかけた。1人の練習に限界を感じていたマーラは、夫の思いがけない申し出に感激した。
 マーラが競技に専念するため06年に休職すると、成俊も翌年、当時勤めていた外資系証券会社を退職した。上司から何度も慰留されたが、「こんなチャンスはない。夫婦で夢を追いかけたい」と専属コーチになることを選んだ。

成俊は日本の指導者の著書を参考にした。レースまでの練習メニューの組み立てから、マッサージの方法、栄養学まで。シドニー五輪金メダリストの高橋尚子(39)がレース前にもちを食べていることを知ると、すぐに取り入れた。日本の実業団チームが合宿する長野などを訪れ、監督らに調整法を聞いたりもした。
 手探りの指導で、マーラは急成長した。成俊は楽しくて仕方なかった。08年の北京五輪で念願の初出場を果たし、6位に入賞した。銅メダルの選手までわずか22秒差、距離にして約100㍍だった。「メダルまであとちょっと。ロンドンまで続けたい」。マーラの申し出に成俊は大きくうなずいた。

順調に自己記録を更新していた10年末、練習中に右太ももの肉離れを起こした。数人の医師から診断を受けたが、それぞれが違うリハビリ法を助言。回復が長引き、走れない日々が約半年続いた。
 練習の再開を急ぎたがるマーラに、成俊は「それなら専門家にコーチを頼めばいいじゃないか」と声を荒げたこともある。しかし頭を冷やせば、「2人でこれまでやってきたんだから、二人三脚でまた頑張ろう」という結論に落ち着いた。「私にとってシゲ以上のコーチはいない」
 故障から約1年後の昨年11月、横浜国際女子マラソンでマーラは目標タイムをクリアし、翌月、ロンドン五輪出場が決まった。

ロンドンの公園は新緑の季節を迎えている。マーラのそばを自転車で伴走していると、市民から「頑張って」と声を掛けられる機会も増えてきた。「いよいよ本番が近づいてきている」と成俊は感じる。開幕まであと100日。バラが咲き誇る頃、夫婦の夢が結実すると信じている。(敬称略)



マーラさんの公式ブログはこちらから。
London run3




london run2

読売新聞 連載「顔」(2012年6月22日掲載より)

被災地から聖歌ランナーに選ばれたホテルマン
三品 貞治(みしな さだはる)さん 31


保育園で妻(33)は長女を車に乗せた。宮城県多賀城市にも津波が押し寄せた。妻は奇跡的に助かったが、長女がのみ込まれた。必死に捜し続けた。1週間後、遺体が見つかった。まだ2歳だった。自宅も流された。

英国全土を8000人のランナーが走るロンドン五輪の聖歌リレー。東日本大震災の被災者としてただ一人選ばれた。推薦文を書いたのは、勤務する仙台市のホテルの上司だ。「気高さ、誉れ高さ、勇気を示した」

震災後間もなくホテルは営業を再開し、工事関係者らが続々と泊まりに来るようになった。同僚は不眠不休の状態。娘を失い、何もする気になれなかったが、「復興に協力しなければ」と、地震から23日後、職場に復帰。ひたむきに働いた。そんな姿が上司の目に留まった。英国にあるホテルのグループ本社は、聖歌ランナー約70人の枠を持っていた。

震災から1年がたった今年3月、英国行きが決まった。日本と被災地の代表だ、と思った。
「一緒に走ろう」。
娘の写真を納めたペンダントを胸に、今月25日、イングランド北部の街を走る。
(東北総局 小林泰裕)

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