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こもだるの旗印。

2011 - 07/07 [Thu] - 11:31

読売新聞 2011(平成23)年4月14日付 朝刊

「酒造りの技と心は残っている」

老舗再建 誓いのタル

yomi11

 東日本大震災による津波で壊滅的な打撃を受けた岩手県陸前高田市の老舗酒造会社「酔仙(すいせん)酒造」が、再び立ち上がろうとしている。役員や社員に多くの犠牲者を出し、社屋も工場もがれきとなった。だが、「形のあるものは何もなくなったが、酒造りの技術と心は残っている」と金野(こんの)靖彦社長(64)はゼロからの再建を誓う。

 酔仙酒造は、陸前高田、大船渡両市の八つの造り酒屋が1944年に合併した「気仙酒造」が前身。気仙川の伏流水に恵まれ、看板銘柄の「酔仙」は2007、08年全国新酒鑑評会で金賞を受賞。日本酒離れが進むなか、最近は、中国に販路を拡大するなど新規事業にも乗り出していた。
 震災のあった3月11日は午後4時から、前年から仕込んだ酒の出荷を前に、杜氏(とうじ)らをねぎらう「甑倒し(こしきだおし)」が開かれる予定だった。
 2回の大きな揺れの後、社員らがそれぞれの自宅に帰り始めたところに、防災無線から「津波が防波堤を越えました。逃げて下さい!」という泣き叫ぶような男性の声が響いた。
 妻と車に乗り、アクセルを踏み込んだ。車を止め振り向くと、社屋や自宅のあった場所には、がれき混じりの海が波打ちながら広がっていた。
社員と役員計約60人のうち4人が亡くなり、3人が行方不明となった。
 震災から2日後、水が引いた会社跡に立った。国の登録有形文化財にもなっていた社屋は跡形もなく、市民の目を楽しませてくれた約100本の桜は数本しか残らなかった。150あった酒造用のタンクの大半が横倒しになっていた。がれきの山の中で、あの日本酒の香りが漂い、胸を締め付けた。
 金野社長やほとんどの社員が自宅を失い、避難所や親戚宅に身を寄せる中、4月4日、会社に近い避難所の市立第一中学校の教室に、連絡のついた社員約40名を集めた。
無傷で見つかった「酒の神様」と伝えられる京都・松尾大社の神棚を黒板の前に置き、社員に切り出した。「社員の身分はそのままで、雇用調整助成金などを活用して再建していく。協力してほしい」。社員の間からは「頑張ります」という声が上がった。
 その後、社員らと会社の跡地まで歩き、亡くなった4人に花を手向けた。目を上げると、がれきから飛び出た鉄骨に「酔仙」と書かれたこもだるが引っかかり、旗印のように揺れていた。
yomi6

「前へ進め、と背中を押してくれているんですかね」。
金野社長はこもだるを見上げ、再起を誓った。



 
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200年以上続く老舗社長が語る 「陸前高田も会社も無くなりました」




個人で撮影されたもののようですが、酔仙酒造近辺の映像です。
「桜がきれいだったんだよ」のつぶやきが切ない。


アップ主さんのコメント。
「東北地方太平洋冲地震にあった酒蔵、酔仙の姿です。悩みましたが、載せます。酔仙ファンの皆様へ贈りたいと思います」

「本当にアップするのは悩みました。今でも後悔している自分がいま­す。ただ、地元を離れて心配している方々のためにアップした。報­道に載らない部分を知りたい方々のために。少しでも役にたちたく­て。お礼のコメントを頂くなんて・・・岩手県沿岸は必ず復興しま­す!皆様のご支援、応援で必ず!」

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