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納棺師 笹原留似子さん。

2011 - 06/30 [Thu] - 10:35

読売新聞 2011(平成23)年6月22日付 朝刊

生前の笑顔宿し お別れ

津波の傷整える納棺師 思い出も復元

 岩手県北上市の納棺師、笹原留似子(るいこ)さん(38)は大震災から3か月、津波に襲われた岩手県沿岸部で、傷ついた遺体を復元するボランティア活動を続けてきた。

「こんなのお父さんじゃない!」
3月下旬、同県南部の遺体安置所で、笹原さんの耳に大きな声が響いた。
 声の主は小学1年の男の子。津波の後に見つかった30歳代の父親は、肌の色も髪も失われ、かつての面影が消えてしまっていた。
 男の子の祖母や兄に頼まれ、笹原さんは父親の生前の様子を聞きつつ、眉、まつ毛、肌、髪と復元を施した。
 すると、男の子は突然「お父さん、あのね、今日ね……」と話しかけ始めた。そして父親のほおに手を触れ、ポロポロと涙をこぼした。
 
 どの安置所でも、復元を始めると「うちもお願いします」と次々に声がかかった。震災後、手がけた遺体は300人を超える。1か所で50人に施し、夜明け近くまでかかったこともある。
 学校で部活動中に亡くなった中高生も多い。そうした1人に、同県南部の17歳の女子高生がいた。
 復元で女の子を優しい笑顔に戻すと、「守れなくてごめんな」と父親が泣き出した。「そんなこと、この子は思ってないよ」と祖母が声をかけ、祖父は「おれの孫に生まれてきてくれてありがとな」と話しかけた。葬式もできない混乱のなか、火葬を待つひととき、家族の思いが女の子に注がれた。

 「親や子が生前の姿に戻った瞬間、生きていた時の思い出に再会できる。悲しみは、たくさん愛した思い出があるから、懸命に生きてきたからだと気づけば、泣いた後、また生きていく力になる」と笹原さんは言う。
 納棺師は、遺体を清め、化粧などをして棺に納める仕事だが、笹原さんは様々なワックスを用いて損傷を修復する復元技術も持つ。沿岸部では津波で傷付いた遺体が多く、1人の復元に早くて20、30分。硬くなった肌を柔らかくほぐし、外国製の専門化粧品などを使い面影を残す。笹原さんは最後に笑いジワを探して、穏やかな笑顔にする。

 震災で亡くなった人の火葬や葬儀に対応した同県遠野市の「遠野葬祭」の佐々木順一さんは「津波による死は、損傷が大きく、通常の死とは違う。子どもに親の遺体を見せられないと困っていた家族もいた。生前のお顔に戻す笹原さんの活動は、遺族にはありがたかったと思う」と話す。
 そんな笹原さんでも、子どもの遺体の復元が続いた時は、「なぜこんなことが起きるのか」と耐えきれない思いが募り、僧侶に疑問をぶつけたりした。
「私たちの死生観がいま問われていると感じる。死ぬって何か、なぜ生きるのか、と」



 
笹原さんの活動を伝えるニュースの動画がありましたので、併せてご紹介します。

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