新しい頁(ペイジ)をきりはなつとき 紙の花粉は匂ひよく立つ ~室生犀星「本」。

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3人目のこども。

2006 - 10/05 [Thu] - 16:29

 「寄付をする」ということに繋がった一番のきっかけはフジ子・ヘミングさんだったかもしれない。
スピリチュアルの世界を多少なりとも垣間見る経験もして、美輪・江原両氏の著書にもよく書かれている「生き金と死に金」という言葉も知識として知りだした頃だった。
 もともとフジ子さんの弾くピアノの音色の素晴らしさに感銘を受けていた私は、書店で偶然見つけたフジ子さんのエッセイ本を軽い気持ちで購入して家に帰った。


 私はこの世はある意味で地獄だと思っています。世界には、飢餓や戦争で多くの人たちが命を落としたり、貧困で教育を受けられない子供たちがたくさんいます。私には、そういう光景を目にすることが本当に耐えられないのです。
(中略)
 今の私はある程度の収入もあるし、欲しい物は買えるようになったので、そういう人たちのために何かしてあげることがないかしら、と思って寄付を心がけるようになりました。
「自分のお金は自分の財布に貯めないで、天国に貯金しなさい」という言葉が聖書にあります。それは、この世でお金を貯めても、無駄遣いをしたり、誰かにだまされたり、泥棒が来たりして、すぐにみんななくなってしまいますよ、でも、天国に貯金をしておけば、必ず神様があなたを救ってくれますよ、という意味の言葉です。
 だから、私は、少しでも余分な収入があると、そのまま動物愛護協会や教会などに寄付するようにしています。そして、私自身は、やっぱり質素倹約です。

(イングリット・フジ子・ヘミング「天使への扉」より)

 しかしこのときは「世の中には本当に偉い人がいるなあ」と感心しただけで終わった。
私にとっての「寄付」の定義は、年に一回スーパーの入口に待ち構える某テレビ番組主催の黄色いTシャツを着たお兄ちゃんやお姉ちゃんの持つ箱にいくらかの小銭を入れるだけ…自分のお金で他人を救えることが出来るくらいの寄付は、世間一般での中流家庭の人間では到底ムリ。それなりの収入がある人にこそ意義があることであろうし、お任せしたいという心境だった。
とりあえずは日々の生活。目先の風景しか見えない自分には、寄付なんて言葉自体もご大層で、まだまだ縁遠いものだと感じていた。

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