新しい頁(ペイジ)をきりはなつとき 紙の花粉は匂ひよく立つ ~室生犀星「本」。

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納棺師 笹原留似子さん。

2011 - 06/30 [Thu] - 10:35

読売新聞 2011(平成23)年6月22日付 朝刊

生前の笑顔宿し お別れ

津波の傷整える納棺師 思い出も復元

 岩手県北上市の納棺師、笹原留似子(るいこ)さん(38)は大震災から3か月、津波に襲われた岩手県沿岸部で、傷ついた遺体を復元するボランティア活動を続けてきた。

「こんなのお父さんじゃない!」
3月下旬、同県南部の遺体安置所で、笹原さんの耳に大きな声が響いた。
 声の主は小学1年の男の子。津波の後に見つかった30歳代の父親は、肌の色も髪も失われ、かつての面影が消えてしまっていた。
 男の子の祖母や兄に頼まれ、笹原さんは父親の生前の様子を聞きつつ、眉、まつ毛、肌、髪と復元を施した。
 すると、男の子は突然「お父さん、あのね、今日ね……」と話しかけ始めた。そして父親のほおに手を触れ、ポロポロと涙をこぼした。
 
 どの安置所でも、復元を始めると「うちもお願いします」と次々に声がかかった。震災後、手がけた遺体は300人を超える。1か所で50人に施し、夜明け近くまでかかったこともある。
 学校で部活動中に亡くなった中高生も多い。そうした1人に、同県南部の17歳の女子高生がいた。
 復元で女の子を優しい笑顔に戻すと、「守れなくてごめんな」と父親が泣き出した。「そんなこと、この子は思ってないよ」と祖母が声をかけ、祖父は「おれの孫に生まれてきてくれてありがとな」と話しかけた。葬式もできない混乱のなか、火葬を待つひととき、家族の思いが女の子に注がれた。

 「親や子が生前の姿に戻った瞬間、生きていた時の思い出に再会できる。悲しみは、たくさん愛した思い出があるから、懸命に生きてきたからだと気づけば、泣いた後、また生きていく力になる」と笹原さんは言う。
 納棺師は、遺体を清め、化粧などをして棺に納める仕事だが、笹原さんは様々なワックスを用いて損傷を修復する復元技術も持つ。沿岸部では津波で傷付いた遺体が多く、1人の復元に早くて20、30分。硬くなった肌を柔らかくほぐし、外国製の専門化粧品などを使い面影を残す。笹原さんは最後に笑いジワを探して、穏やかな笑顔にする。

 震災で亡くなった人の火葬や葬儀に対応した同県遠野市の「遠野葬祭」の佐々木順一さんは「津波による死は、損傷が大きく、通常の死とは違う。子どもに親の遺体を見せられないと困っていた家族もいた。生前のお顔に戻す笹原さんの活動は、遺族にはありがたかったと思う」と話す。
 そんな笹原さんでも、子どもの遺体の復元が続いた時は、「なぜこんなことが起きるのか」と耐えきれない思いが募り、僧侶に疑問をぶつけたりした。
「私たちの死生観がいま問われていると感じる。死ぬって何か、なぜ生きるのか、と」



 
笹原さんの活動を伝えるニュースの動画がありましたので、併せてご紹介します。

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こんな時だからこそ読みたい本~被災地からの手紙。

2011 - 06/21 [Tue] - 22:08

読売新聞 2011(平成23)年5月22日付 朝刊

被災地からの手紙 赤坂憲雄

「忘れない」と決めて生きる

 鯉のぼりは哀しい。それを知らずに生きてきた自分に気づいて、唇を噛んだ。
 五月の連休のころ、宮城のいくつかの被災地を歩いた。瓦礫の堆積のなかに、「がんばろう、東北」の横断幕があった。風もなく、かたわらで鯉のぼりがうなだれていた。サッカー場の芝生を剥がした土葬の墓地でも、小さな鯉のぼりを見かけた。数字だけの板の墓標の前に、お菓子が供えてある。手を合わせ、追われるように離れた。たくさんの子どもたちが津波に呑まれた小学校のわきにも、鯉のぼりがあった。
 わたしはけっして、そんな鯉のぼりのある情景を忘れない。鯉のぼりの哀しさを忘れない。わたしにできることは、ただ、忘れないと心に決めて生きてゆくことでしかない。そうして、被災地を訪ね歩こうと思う。生き延びた人々の物語に耳を澄ます。ひとつひとつ書き留める。それがやがて、鎮魂と供養の碑になることを願いながら。
 わたしたちは凜としたマコトの言葉を、ほかならぬ被災地の東北からくりかえし受け取った。東北は十分に耐えた。しかし、もう、ここらで「雨にもマケズ、風ニモマケズ」の大合唱はやめよう。「サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」と、宮沢賢治がひそかに願ったデクノボーは、賢治のせつない夢だった。がんばらなくていい。崩れてもいい。誰もが少しずつおかしかった。日常へと戻らねばならない。

(民俗学者、福島県立博物館館長。「東北学」の概念を提唱)




読売新聞 2011(平成23)年5月29日付 朝刊

被災地からのお便り

静かな諦念から新たな希望

 大きな被害を受けた岩手、宮城の両県からもお便りが届きました。
 岩手県釜石市の旧釜石一中で避難生活をしている赤崎学さん(51)。自宅が全壊し、無事だった家族も別々の場所で暮らす生活が続くなか、宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」(新潮文庫『新編風の又三郎』など)への思いをつづってくれました。
 東北の厳しい自然の中で生まれ育った青年ブドリは科学者となり、冷害による飢饉から人びとを救うため、危険な火山の人工噴火作業に赴きます。赤崎さんは「自然の過酷さと人間の無力は、今なお東北が生きねばならない現実」とした上で、「物語の結末に、静かな諦念とそこから生まれるかすかな希望を感じる」。

 明治三陸地震が起きた1896年に現在の花巻市に誕生し昭和三陸地震の1933年に死去した賢治は科学者でもあり、生涯を通じ岩手がモチーフの理想郷を追い求めました。
「雨ニモマケズ」「銀河鉄道の夜」など多くの作品に投稿が集中し、「今、最も読み直したい作家」といえそうです。

 電気・ガス・水道がストップした日々、仙台市の関裕子さん(37)が読みたかったのは武田百合子『富士日記』(中公文庫)。「淡々とつづられる昭和40年代の日々。夫・武田泰淳との素朴で静かな暮らしに、人の営みの基本は変わらないのだと安心できる気がした」

 阪神大震災を乗り越えた兵庫県西宮市の中村三千代さん(58)は、相田みつをの遺作集『雨の日には……』(文化出版局)を推薦。「この先どうなるのだろういう不安の中、この詩集に励まされました」
雨の日には…雨の日には…
(1993/09)
相田 みつを

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メディアを通じてしか窺い知ることのできない東北の人たちの我慢強さ、謙虚さには、テレビ画面の前でひたすら敬意の念を抱くばかりです。
しかしものには限度というものがあります。東北の人たちの我慢強さに、これ以上日本政府は甘えるべきではないという苛立ちが日に日に強くなるばかりです。
 ある携帯電話会社の社長が100億円被災地に寄付すると大々的に公言しました。
けれどその発言から数ヶ月が経ちましたが、いまだ寄付金は支払われていないそうです。
寄付をするという行為は、たとえば会社の売名行為であれ、自己満足であれ、何であっても尊いものです。寄付する側の思惑など関係なく、お金はお金なのですから。
それが被災地を救うのならば有り難いことです。
しかし寄付しますという意志を発言するのも結構なことですが、ならなぜそれが「寄付した後」ではいけないのでしょうか。
「100億円寄付する」と聞いて、それを頼りに思った方もいらっしゃるでしょう。そういう東北の方たちの気持ちを安易に振り回してほしくないと、一介の主婦は思うのです。

こんな時だからこそ読みたい本㊦

2011 - 06/20 [Mon] - 14:50

読売新聞 2011(平成23)年5月29日付 朝刊 (*画像別)

本よみうり堂 HONライン倶楽部
こんな時だからこそ読みたい本 ㊦

 著者と読者の様々な思いが響きあう本の世界。東日本大震災後の読書で、みなさんは何を感じたでしょうか。先週に引き続き、皆さんの投書を手がかりに「こんな時だからこそ読みたい本」を探します。
 
不安乗り越え生きる指針

 長く読み継がれてきた古典やロングセラーに、時代を超えた共感を寄せる人が多いようです。
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」
 災害が襲った東北地方を約320年前に歩いた松尾芭蕉の旅行記『おくの細道』(岩波文庫など)。埼玉県飯能市の松本世津子さん(51)は「散文の、海岸沿いの土地の風景描写が美しい。人生は旅に似ているという言葉は、懸命に生を貫こうとする私たちの道祖神になってくれる」。

 吉川英治『宮本武蔵』(講談社)を「不安な時代に生きる指針となる本」と薦めるのは、茨城県利根町の田口廣子さん(66)。「武蔵と伊織の師弟関係は羨ましいほどで、剣の達人というより生き方そのものが人生の真実を示唆し、証明している」。
 
 神奈川県横須賀市の青木恭子さん(70)は、栄華から没落へ、世の移り変わりを描いた『平家物語』(小学館「新編日本古典文学全集」など)を挙げました。「原子力を安全に制御できると信じていたのは、人間の驕りだったのかもしれないと考えさせられました」

 本を開くひととき、現実を離れてはるかな旅に出るのもいいですね。例えばプルースト『失われた時を求めて』(集英社文庫など)。新潟市の佐藤奈緒さん(27)は、魂の遍歴がつづられた自伝的長編が「死への恐怖や不安を忘れさせてくれた」と言います。「毎日読み続ければ、3・11後の空白を少しずつ埋めることができるのではないでしょうか」

失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
(2006/03/17)
マルセル プルースト

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 埼玉県川口市の丸山勝也さん(70)が愛読しているのは、デフォー『ロビンソン・クルーソー』(集英社文庫など)。絶海の孤島で一人、食べ物や住居、衣服まで自給自足の生活を送る主人公。「28年間、独力で生活する姿に感動した」
  平日の日中に起きた今回の地震では、多くの子どもたちが親を失いました。本はきっと新しい生活を送る子どもたちの心を慰めてくれるに違いありません。

 家族同様の馬を亡くし悲しむ青年を救ったのは、馬の魂が宿る馬頭琴でした。東京都国分寺市の山之内たま江さん(63)は、「ぽっかり穴のあいた心を包み込む美しい音色が聞こえてきそう」と、大塚勇三・再話、赤羽末吉・絵『スーホの白い馬』(福音館書店)を推薦します。 

 大阪府岸和田市の神元節子さん(59)が大好きな香山美子・作、柿本幸造・絵『どうぞのいす』(ひさかたチャイルド)には、思いやりあふれる動物たちがたくさん登場します。「次の人に食べ物を譲る『どうぞ』のリレーがつながって、大きなサプライズが待っている楽しい絵本です」
どうぞのいす (ひさかた絵本傑作集)どうぞのいす (ひさかた絵本傑作集)
(1981/11)
香山 美子

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 最後に、東京都八王子市の栄晴夫さん(42)の提案を。「こんな時だからこそギャグ漫画を読もう!ふざけているのではない、真剣にそう思う」
 赤塚不二雄『天才バカボン』、園山俊二『ギャートルズ』、植田まさし『かりあげクン』……。ナンセンスでシュールなギャグには、絶望のふちにある人をも思わずプッと笑わせる力があるのです。
 心が固く閉ざされている時でも、傍らに一冊の本があれば泣いたり笑ったりできる。それも本の力なのかもしれません。
(山田恵美)



次回は被災地の方からの「読みたい本」をご紹介します。
 

こんな時だからこそ読みたい本㊤

2011 - 06/16 [Thu] - 15:27

読売新聞 2011(平成23)年5月22日付 朝刊 (※画像別)

本よみうり堂 HONライン倶楽部
こんな時だからこそ読みたい本 ㊤

 地震と津波、原発事故と計画避難―――。悲しみの中で、多くの人たちが前に進もうとしています。言葉は、本は、何ができるでしょうか。読者の皆さん推薦の「こんな時だからこそ読みたい本」を、応援メッセージとともに紹介します。

悲しみに耐え 前へと進む

 東北で生まれ育ち、東北を舞台に数々の名作を残して亡くなった井上ひさし『吉里吉里人』(新潮文庫)を挙げるのは、さいたま市の水上綾子さん(45)。東北の架空の村が日本から独立を図る痛快さに「東北ってスゴい!!井上さんも天国で復興を信じているはず」。同名の地区がある岩手県大槌町は、庁舎が波にのまれ町長以下多くの人命を失いました。物語のように町民パワーを結集する大槌、東北に本書の言葉を贈りたいと思います。「頑張(けっぱ)って呉(け)さい!」

吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫)吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫)
(1985/09)
井上 ひさし

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 主人公が幾多の困難に立ち向かう物語には励まされますよね。埼玉県上里町の坊迫郁代さん(51)が薦めるのは、1926年の十勝岳噴火で家も、恋も夢も押し流された開拓村の苦悩を描いた三浦綾子『泥流地帯』(同)。乳がんを克服した坊迫さんは、「死を迎えるまでどれだけ成長できるか。未来にときめきを感じられるようになった」と書いてくれました。
泥流地帯 (新潮文庫)泥流地帯 (新潮文庫)
(1982/07)
三浦 綾子

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 なくした多くの大切なものと、いつかまた出会えるとしたら……。千葉県野田市の大畑泰子さん(42)が推すのは、角田光代の幻想的な連作短編『なくしたものたちの国』(ホーム社)。「今は目の前から消えてもどこかで待っていてくれると信じてみたら、進む勇気が湧いてきます」
なくしたものたちの国なくしたものたちの国
(2010/09/24)
角田 光代

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 サッカー界のカリスマ、三浦知良の自伝『やめないよ』(新潮新書)を選んだのは、埼玉県行田市の木村圭子さん(54)。「1㌢でも前へとほとばしる言葉は、元気をくれる」。
今回の震災で「幸せとは何か」を考えたという埼玉県川越市の小高真智子さん(57)は、難民問題に取り組む犬養道子による幸福論『幸福のリアリズム』(中公文庫、品切れ)を推薦してくれました。
「原発事故は自然災害だけでなく人災」と憤る兵庫県西宮市の中井實さん(68)は、司馬遼太郎『この国のかたち』(文春文庫)を手に取りました。「多くの人たちの日常生活がストップしてしまった。歴史的に日本を再考する必要があるのではないか」
 何気ない日常生活のありがたさをかみしめた人も多いでしょう。
京都府福知山市の半田末子さん(53)のお薦めは、藤沢周平『橋ものがたり』(新潮文庫)。橋を舞台に哀歓がつづられる短編集に「庶民の日常生活の中で人の優しさを教えられた。気持ちが安らかになる」と感想を寄せてくれました。
 三陸海岸は大津波による被害と再生をくり返してきました。自然は時に牙をむきますが、それでも人間は自然と共生していくのです。札幌市の若園明美さん(55)は、アラスカの自然や動物たちを撮り続けた写真家、星野道夫『Michio’s Northern Dreams 1 オーロラの彼方へ』(PHP文庫)に胸を打たれました。「愛らしい動物たち、厳しくも美しい自然、そして人間。全てはつながっている。きちんと向き合って、強い絆を築いていきたい」
Michio's Northern Dreams (1) オーロラの彼方へ PHP文庫 (ほ9-1)Michio's Northern Dreams (1) オーロラの彼方へ PHP文庫 (ほ9-1)
(2005/11/02)
星野 道夫

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 神奈川県大井町の石田加代子さん(48)は、池田晶子『14歳からの哲学』(トランスビュー)を、「大切な家族を亡くした中高校生に読んでもらいたい」。自分とは誰か、死をどう考えるか。「自分が忘れない限り亡くなった人は生き続けると、私は解釈しています」
(山田恵美)




紹介されているご本。天水は一冊も読んだことのない本ばかり><。
ちかごろボケにまかせて軽い漫画ばかり読んでいたので、じっくり読み込み系の小説は皆無と言っていいくらいです。
たしか「吉里吉里人」は長兄(←本好き)のものが実家の本棚に残っていたような……。んん?じわじわと本の虫がうずき出してきたかも?ふっふっふ。
この中では「泥流地帯」に激しく興味を覚えました。図書館にあるかしらん。
池田晶子さんは「14歳の哲学」以外の著書を何冊か読みましたが、ご本人はもうお亡くなりになったのだということを当時のニュースで知って切ない気持ちになったのを思い出しました。

 尚、記事中の画像は新聞掲載のもの(「吉里吉里人」「なくしたものたちの国」)をネット書店の画像で、他のものは新たに付け足しました。
「こんな時だからこそ読みたい本㊦」続きます。

濁流の中 つかんだ手。

2011 - 06/14 [Tue] - 11:56

読売新聞 2011(平成23)年4月12日付 朝刊

濁流の中つかんだ手

幼なじみ 屋根に腹ばい漂流

「1人では助からない」

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 暗闇の中、シュルシュルと音をたてて、ホースのちぎれたガスボンベが、水面を不気味にはい回っていた。辺りはガス臭く、がれきにぶつかると爆発音が響く。約15㍍離れた民家から大きな炎があがり、熱風を感じた。
 3月11日午後6時頃、宮城県名取市。幼なじみの高橋幸二さん(25)と橋浦彩(たみ)(26)さんは、漁船の上で、水浸しになった身体を震わせていた。橋浦さんは「寒くて、怖くて、声も出なかった」。海のように広がる黒い水。その下は海岸線から約2.5㌔離れた平野部だった。



 午後2時46分。2人は隣の岩沼市の飲食店で昼食をとっていた。
 大きな揺れに、慌てて車に乗り込み、名取に戻った。海岸にほど近い道路を走ると、拡声機で津波警報を伝える消防団員の姿が見えた。ただ、歩道では携帯電話を手に座り込む人や、立ち話する人もいる。「のんびりしているな」高橋さんは思った。海岸から約1㌔離れた閖上(ゆりあげ)地区の橋浦さん宅に立ち寄ると、家族はすでに避難しており、壁から落ちそうになっていた祖父母の遺影を2人で直していた。
 3時52分。「ゴー」という地鳴りが聞こえた。「2階に上がれ!」高橋さんが叫んだ。階段をかけ上った橋浦さんが海に面した窓から見たのは、「近所の家の屋根より高い灰色の波」だった。2人が橋浦さんの自室に入ったとたん、轟音とともに部屋がつぶれ、屋根が覆いかぶさった。必死に隙間から抜けだし、屋根の上で腹ばいになった。
 想像を絶する光景だった。家から切り離された屋根は、激流の中を内陸部へ向かう。周りでは家と家がぶつかり合い、数㍍先のがれきの上にいた女性が、助けを求めてきたが、どうすることもできないまま見失った。



 2人はそれぞれの人生の転機にあった。
 高橋さんは介護関係の仕事を辞め、大学で取った教員免許を生かして、4月から県内の公立高校の講師として働く予定だった。
 橋浦さんは数年前、仲間とともにバスケットボールの社会人クラブチームを設立。今年2月には県大会で3位に入り、軌道に乗ったところだった。
 垂れ下がった電線が何度も頭上をかすめる。その1本が高橋さんの顔に当たり、濁流の中に放り出された。「ここで1人になったら、絶対に助からない」。橋浦さんが、かろうじてその右手をつかみ、高橋さんは再び屋根にはい上がった。
 がれきに引っかかって止まっていた漁船のそばを通る瞬間、2人は転がるように甲板に飛び込んだ。
 ぐったりする橋浦さんの背中をさすりながら、高橋さんは、大声で歌うことで正気を保った。



 午後6時半頃。腰まで水につかりながら歩く若者2人を見て、水が引いているのに気づいた。近くの民家に助けを求め、貸してもらった服に着替えると、橋浦さんは、猛烈な痛みを左手に感じた。手の甲の傷は骨が見えるほど深かった。
 被災後は2人とも、仙台市内で自分の家族と生活している。
 高橋さんは今もよく眠れず、2~3分おきに目が覚めるため、カウンセリングを受けた。講師の職に就くかどうか迷い始めている。
 橋浦さんは、街が徐々に復興に向かうのを見て、気持ちがついていけないと感じている。「私たちは運良く助かった。でも、多くの人が、あれほどの恐怖を味わいながら亡くなった。それを考えると、胸が張り裂けそうになるんです」。その言葉に、高橋さんがうなずいた。
(溝田拓士)(菅野靖撮影)

訴訟費用を義援金へ。

2011 - 06/09 [Thu] - 11:31

昨年。意外というか、ちょっと驚いたニュースがあった。
サンリオがミッフィーをぱくったキャラ「キャシー」を販売しているとして、ミッフィーの作者ブルーナ氏から訴えられたというものだ。

ミッフィーの地元オランダでの記事画像。
kitty2

しかしこの比較画像を見て、すぐにピンとくるサンリオファンは少なかったのではないだろうか?
うさぎの「キャシー」はキティーちゃんファミリーの一員らしいのだが、正直こんなキャラクターいたっけ?という感じ。
わが家も丁稚(上)が小さいころはキティーちゃん漬けだったので、グッズに飽きたらずサンリオのテレビ番組やビデオは見尽くしたというくらい見たし、ハーモニーランド(大分県の方ね)だって3回行った。
なのにこの「キャシー」という名前からしてピンとこない。
それとも寄る年波のせいできれいさっぱり忘れているだけ??

そうしたら                 ↓ ↓ このコ! ↓↓ のことだって!!

kitty
なあんだ!いつもキティーちゃんとセットでいるコじゃない!
このコならキティー・ファミリーの中でもかなりの古株だと思うけれど、どうして今頃??
しかもほとんど比較画像のような格好で登場したことはないんじゃないかと思うのだけど。
それにしても、このミッフィー贔屓の日本で、
かわいいキャラを生み出すことにかけては世界一(だと思う)の日本で、
その元祖ともいえるサンリオでこんな問題が起こるなんて~。
ブルーナ氏側からの主張にサンリオもさぞかし面食らったのではないかしらん。

感覚的なものはどうしても個人の主観が混じってしまうので、他人から見ればそっくりな兄弟でも本人同士はまったく似てないと思っていたりするし、モスクワ・オリンピックのキャラ「こぐまのミーシャ」の作者も、2014年開催のソチ・オリンピックのくまのキャラクターがミーシャを真似たと、こちらも問題になっているようで……巨大なパクリ国家が実際に存在するから著作権の問題には(特に外国相手では)シビアになりがちなのは仕様がないけれど。
でも。
日本人はミッフィーが大好き。
キティーちゃんを愛でる日本女性の大半がミッフィーも愛してきた。
そのことをブルーナさんは分かっていらっしゃるはず。
どうかあまり大ごとにならないようにと願っていたら……。
昨日(6月8日)和解の記事が~!




読売新聞 2011(平成23)年6月8日付 朝刊

もうけんかしないよ

両者訴訟費用 被災地に寄付

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サンリオのウサギのキャラクター「キャシー」=写真左=と、オランダの絵本作家ディック・ブルーナ氏が生んだウサギの「ミッフィー」=同右=の著作権を巡る問題で、サンリオは7日、ミッフィーの著作権を管理する同国の企業「メルシス」と和解したと発表した。
 メルシスは昨年10月、キャシーがミッフィーを模倣し、著作権を侵害しているとして、キャシー関連製品の販売差し止めを求める訴えをアムステルダムの裁判所に起こした。これに対しサンリオは、同裁判所にミッフィーの商標権取り消しを訴えていた。
 両社は東日本大震災を受け、「訴訟にかかる費用を、日本の復興のために寄付すべきだという結論に至った」として、訴えを取り下げた上、共同で15万ユーロ(約1750万円)を被災地に寄付するという。




一件落着。
ブルーナさん!ありがとう!!

めでたし。

日本を離れない。

2011 - 06/03 [Fri] - 11:31

読売新聞 2011(平成23)年4月20日付 朝刊
「日本を離れない」

NZ出身の指導助手「必ず復興」

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「これがツナミ……」
岩手県野田村の外国語指導助手、ジョージア・ロビンソンさん(24)は、故郷のニュージーランドで幼い頃、本の挿絵におびえた記憶がよみがえった。上から覆いかぶさり人をのみ込む波。
 3月11日午後3時40分頃。村役場に隣接する教育委員会が入る建物にいた。約50分前の地震で大津波警報が出ていたが、沿岸部を除くと村は少し高台にあり、海岸まで800㍍もある。皆、仕事を続けていた。
 「何、あれは……」。
窓から見える遠くの道を、家が横切る。津波が襲っていると理解するのに時間がかかった。室内では音が聞こえない。挿絵とは違い、静かに街を押し流していく。それがかえって怖かった。
 2階に上がると、建物も茶色い濁流に囲まれた。1階に水が流れ込む。がれきが玄関にぶつかり、ガラスが音を立てて割れた。

 
同じ頃、役場から約1㌔離れた南浜地区。村立野田中3年だった大沢加純(かずみ)さん(15)は、「早くしろ」と祖父の藤吉さん(87)にせかされながら、海沿いの自宅を出た。ほかの家族は留守で、指定避難場所の空き地まで2人で歩いた。
 海のすぐそばの20㍍以上の高台に、20人くらいがいた。沖に白くもやもやとしたものが見えた。
「津波かな」。携帯電話のカメラを構えていたら、その後ろで青い波が盛り上がった。
 藤吉さんは、少し前、何も言わずに空き地を離れたままだ。悲鳴をあげて走り始めた人たちと一緒に、枝をかき分け、山を登った。
 振り返ると、空き地の隣の家は波にのまれていた。

 
 水浸しになった1階の教育長室のソファで、ジョージアさんは、他の女性職員と一夜を明かした。真っ黒闇の中で余震が続き、ほとんど眠れなかった。
 12日午前6時。外に出ると、自衛隊が役場前で捜索活動を始めていた。「夢じゃなかった」。建物の清掃作業に加わったが、余震のたびに隣の体育館に避難する。毛布にくるまれた遺体が数体安置されているのを見て、思わず目を伏せた。
 <かずみです。先生は大丈夫?心配しています>
 14日午前、1通の英文のメールを受け取った。昨秋、英語のスピーチコンテストの練習で仲良くなった女子生徒の加純さん。自宅に遊びに来たこともあった。
 <私は大丈夫。ご家族はどう?> <祖父がまだ見つかってません>
 心が痛んだ。そういう体験を乗り越えてほしいと願わずにはいられなかった。
 <be strong(強くなって)>

  
母のブレンダさん(48)は一度は娘に帰国を勧めた。
 地震発生から1日半も連絡がつかず、テレビから釜石など野田村近くの地名が流れるたびに不安を募らせた。原発事故も起きた。自宅と同じ南島のクライストチャーチでは、2月に大地震があったばかり。携帯がつながった時は「声が聞けてよかった」と泣き崩れた。
 だが、ジョージアさんは「まだここを離れたくない」と答えた。37人が死亡した野田村。役場の人は家にも帰らず、雪の日も、がれきの撤去などを続けた。街は驚くほどの速さで片付いていく。その努力に心を打たれていた。指導助手の契約は、来夏まである。
 今月、地元の高校に入学した加純さんは「たくさんの外国人が日本を離れているのに、残ってくれるなんて」と喜んだ。自宅は流され、幼い頃からよく海で遊んでくれた祖父の遺体は家の近くで見つかった。「でも、先生の言う通り、強く生きたい」。翻訳などの職に就くのが夢だ。
 今月7日、ジョージアさんはあの日以来、初めて浜辺に立った。穏やかな海を眺めながら、よく本を読んだ場所。津波は防潮堤を砕いていたが、砂浜は美しいままだった。「この国は必ず立ち直れる」と思った。
(中村亜貴)(笹井理恵子撮影)



読売新聞 朝刊 日付不明
異国でも

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 ターミナルビル1階の待合席前では、2畳分ほどの臨時の土産店に、銘菓「萩の月」や名物「牛タン弁当」が所狭しと並ぶ。仙台エアポートサービス課の簫仲雯(しょうちゅうぶん)さん(25)が「牛タン弁当はいかがですか」と声を張り上げた。
 台湾出身の簫さんも震災後の2日間、ビルに閉じこめられた。台湾の両親は「とにかく帰れ」と何度も電話してきたが、「職場が元に戻るまではここから離れない」と心に決めている。日本が好きだし、外国人だから逃げ出した、と思われるのは嫌だからだ。
 牛タン弁当を手に、搭乗便に向かうビジネス客が「仙台に来た実感がわいたよ」と声をかけた。簫さんはとびきりの笑顔で「復興した仙台にまた来てくださいね」と応えた。



読売新聞 2011(平成23)年5月4日付 朝刊
寄稿「他者へのいたわり、世界の模範」

日本で働く息子の母 

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東日本大震災後、外国人が続々と離日する中、南アフリカの主婦ベロニカ・ブシュラーさん(61)は、京都で英語指導助手として働く長男のデイビットさん(28)に「日本のためにもっと働いてきなさい」とハッパをかけ続ける異色の存在だ。
 デイビットさんは地元の大学在学中、書道などの東洋文化にひかれ、2002年から関西の私大に約半年間留学。09年再来日したが、直後に肺の病気が見つかり緊急入院した。息子を見舞ったベロニカさんは「すぐ帰国させるつもりだった」が、医療水準の高さに加え、医師や看護師の親切さに感銘。人々が礼儀正しいことにも驚き、「日本で過ごす息子を応援しよう」と考えを改めた。
 震災直後、息子との携帯電話で「京都の人々はもう街頭募金や支援物資の収集を始めている。ぼくも被災地でボランティアをする」と聞かされたベロニカさんは、「被災地では略奪行為もなく、他者をいたわる日本人は世界の模範」と地元紙に手記を寄稿。ラジオ番組にも出演し、同様のメッセージを発信している。
(南アフリカ南部・ピーターマリッツバーグ 中西賢司、写真も)




日本で暮らし、日本人同様に被災地や各地で汗を流して復興に力添えをしてくださっている外国の方々には頭が下がります。ありがとうございます。

しかし、帰れる国がある方は一度帰国なさってもいいと思います。
それは東北以外に実家がある被災地の方々も同じです。
誰も「逃げ出した」などと非難することなどできません。
そして自分自身に対してもそういう後ろめたい気持ちを持たないで、と(僭越ですが)伝えたいです。
むしろそういう強迫観念にかられ、無理して日本に(被災地に)居続ける苦労で心身をこわしてしまう方が問題です。
以下にご紹介する作家の佐伯一麦(かずみ)氏の「仙台震災記」(読売新聞 毎週月曜日連載)は、英国人の友人をなんとか英国に帰してやりたいという困難と混乱が描かれています。
友人のベン氏は今までに地震体験がまったくなく、(震災前に)佐伯氏と温泉に入っていたときに、震度1~2ほどの軽い地震でも顔面蒼白で裸のまま外に飛び出すほどだったのだとか。
何事もなかったように温泉に浸かったままの、のどかな人たちに、なぜ日本人は地震を怖がらないのか?と呆然とされていたそうです。
地震に慣れている日本人が想像する以上に、地震のない(起こっていない)国に育った人たちの恐怖は計り知れないものであったでしょう。




読売新聞 2011(平成23)年5月2日付 朝刊

仙台震災記 佐伯一麦 ⑦

yomi

 仙台で私とともに震災に遭い、四日後に帰国した英国人のベンからメールが届き、BBCラジオに出演したときの録音が添付されてあった。
ベンは、「もう一度仙台へ行きたいですか」という女性アナウンサーの質問に、「もちろんです」と答え、「そこで会った気持ちのよい人々の中には、家を流されてしまった人もいます」と言い加えていた。
 フェルト作家のリズの個展は、中断することを余儀なくされた。事態が落ち着くまで私の所に滞在しているか、それとも英国に帰る方策を考えるべきか、ベンは私の判断に従うと言った。三月十二日に福島原発で爆発事故が起こり、怯えの色がいっそう濃くなったリズを見るにつけても、一刻も早く帰国させた方がいいと私は思った。(その頃英国のテレビでも大きく報道されていた原発事故のニュースを見た姉から、すぐに戻った方がいい、とバッテリーが2%になっていたiphoneにメールがあった、とラジオでベンは語っていた)
 だが、帰りの飛行機の予約を変更するにも、電話は繋がりにくく、東北新幹線が止まり東北自動車道も閉鎖されている状況で、どうやって東京へ行けばよいのかさえも情報が得られない。そこへ、妻が昨秋個展を開いた名古屋のギャラリーのオーナーから見舞いの電話がたまたま繋がった。妻は彼女に航空券の予約を頼むことにした。続いて、安否の確認をしてきた編集者と繋がり、私は仙台から東京まで動ける交通機関を調べてもらった。折り返し返事があり、明日、新潟までの高速バスが運転再開されるので、新潟経由で上越新幹線に乗り換えればいいという。唯一受け付けている電話予約は、こちらからは不可能なので彼にそれも頼んだ。
 翌日、九時間がかりで英国人夫婦は上京し、次の日の早朝の飛行機で帰国の途に就くことができた。ベンは、こんなメッセージをUSBメモリに残していった。
<今回の滞在を通して、特に数日間の地震の経験から私が一番心に残ったのは、混乱する出来事を覆うような、沈着、冷静、ということです。冷静な知人と仙台の皆さんに感謝します。仙台の街に、杜(もり)と平和がこの先もずっと変わらずにあることを祈っています>
(作家)




(おまけ)

黒船特派員で英語が喋れない残念な米国人ジョナサンくん。
「お仕事ください!」と毎回言ってた効果がこんなところで……。


きみも帰国したくなったら帰っていいんだよ。群馬国に。(笑)。 

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