新しい頁(ペイジ)をきりはなつとき 紙の花粉は匂ひよく立つ ~室生犀星「本」。

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「夜空の星がきれいでした」。

2011 - 04/28 [Thu] - 12:05

読売新聞 2011年3月30日付 朝刊

yomiuri2011/3/30

救助待った9日間
阿部任さん 祖母と二人
中に80のおばあちゃんがいる。助けて」。
旧北上川沿いの地区で行方不明者を捜索していた石巻署巡査部長の清野陽一さん(43)は20日午後4時頃、かすかな声を耳にした。
倒壊した家の屋根の上、少年が真っ青な顔で震えている。
清野さんはお菓子を差し出したが、彼はなかなか受け取ろうとしない。
おばあちゃんがいるから、先に
 緊急消防援助隊新潟県隊員の佐藤裕一さん(28)も駆けつけ、寿美さんの担架搬出を手伝った。「痛いところは?」「食べ物はありましたか?」
一言一言に「9日間よく頑張ってくれた」という感謝にも似た気持ちを込めた。

 約40分後、鹿児島県警航空隊のヘリ「はやと」が現場に急行し、ロープで2人を高度20㍍の機内に運び入れた。整備主任の井之上豊さん(36)は、疲れ切って椅子にも座れない寿美さんを膝に載せて座った。
 操縦していた副隊長の和田正治さん(41)には、寿美さんと同じ年頃の母親がいる。息子は15歳だ。
着陸してヘリから2人を送り出した後、機内で「うれしいですね」と同僚に話しかけようとしたが、涙があふれて言葉にならなかった。

 救出劇の6日後、入院中の任さんを見舞ったアトリエ教室代表、新妻健悦(けんえつ)さん(63)は救助までの間、どう過ごしたのか尋ね、その答えに驚いた。
夜空の星がきれいでした」。
新妻さんは任さんが小学1年の時から絵画の指導をしている。「閉じ込められた家屋のすき間から見ていたのだろうか。窮地でも星を見る余裕を持っていたことが生存につながったのでは

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ランドセルは海を越えて 2。

2011 - 04/26 [Tue] - 12:26

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(2010年の寄贈の様子)

丁稚(下)の卒業式も先月に終わり、3年ぶりにふたたび「ランドセルは海を越えて」キャンペーンに参加しました。
今回は姉の協力もあり(ありがとう!)、合わせて3個のランドセルを送ることができました。

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黒いランドセルはいまは横浜の倉庫でボランティアの方たちとともにアフガニスタンへ向かう船の出航を待っているところかも^^。

今回丁稚のランドセルは海外へ渡りますが、国内でのニュースを紹介します。
こうしてみると震災前に起こった伊達直人現象も不思議な伏線のような出来事でしたね。
もちろん起こった後だから言える結果論でしかないのですが。



(2011年4月8日 読売新聞)

国内外から手作りカバン5000個 被災地の子へ

手芸普及協会呼びかけ 上履き、体操服入れに

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(岩崎千尋氏撮影)

新年度を迎えた被災地の子供たちを支援しようと、日本手芸普及協会(東京都新宿区)が手提げカバンの寄付を呼びかけたところ、わずか1週間で国内外から5000個超の手作りのカバンが集まった。

 同協会関係者は「新学期を明るい気持ちで迎えて」と7日、早速カバンの発送作業に取りかかった。

 福島県いわき市の女性会員が3月31日、同協会に「食料やランドセルは届くが、上履きや体操服を入れるスクールバッグがない」と支援を求めるファクスを送ったのがきっかけ。

 井桁一彦事務局長(49)はさっそく翌4月1日にホームページ(HP)でカバン縫製と寄付を呼びかける文章を掲載した。不公平にならないようにと「サイズは縦約30センチ、横40~45センチ。持ち手の長さは30~40センチ。ポケットは不要。左上には名前を記入する白い布を縫いつけてほしい」と細かな注意事項も加えた。

 すると、翌2日には全国各地から続々と手作りカバンが寄せられた。中にはアメリカやイタリアなど海外からも。「自分の子供だと思って作りました」「震災に負けないで頑張って」などとしたためられた手紙が添えられていることもあり、井桁さんは「気持ちを込めて丁寧に縫ってくれたのがよくわかる」と感心している。

 会員たちも事務所内に置かれた12台のミシンと向き合い、6日までに目標の1000個を大きく上回る3000個が集まり、7日はたった1日で2441個が寄せられた。

 同協会はいったん募集を打ち切り、現在梱包(こんぽう)や配送作業を始めている。「手作りならではの温かさや優しさが子供たちに伝われば」と井桁さん。カバンはいわき市の幼稚園や小学校に配送し、その後、宮城、岩手県内へも届ける予定。

 井桁さんは「予想を上回る速さで支援の輪が広がった。カバンが不足している学校があれば声をかけてほしい」と呼びかけている。

 問い合わせは同協会事務局(03・5261・5096)へ。カバンの作り方はHP(http://www.jhia.org/)で紹介している。



これからしばらくは、新聞を読んで心に残った震災関係の記事を紹介していこうと思います。
少し前のものもありますが、時間の経過とともに自分も忘れないように記録として残しておければと思っています。

のだめ♪イラスト集。

2011 - 04/25 [Mon] - 16:56

Nodame Illustrations のだめカンタービレ イラスト集Nodame Illustrations のだめカンタービレ イラスト集
(2011/04/12)
二ノ宮 知子

商品詳細を見る


「のだめカンタービレ」のイラスト集が発売されました。
このご本の印税はすべて東日本大震災の義援金として寄付されるそうです。

「のだめたちからの恩返しデス!」
と作者の二ノ宮せんせい。

その心意気がうれしい。
ささやか~な一部を担うべく(ほんとに文字通り一部ですが)購入させてもらいました。
のだめは大好きなので^^。

二ノ宮せんせいは、すでに新連載の打ち合わせをされているということで、「のだめ」もこれが本当に最後なのでしょう。
連載開始から終了まで10年。
のだめたちにはいつも楽しませてもらいました。
これからも……きっと♪♪♪

震災から一ヶ月以上がすぎて。

2011 - 04/19 [Tue] - 14:38

前々回のエントリーをアップした翌日、未曾有の大震災は起こった。
私はその日、丁稚の中学校の卒業式に出席していた。
卒業証書を受け取る姿に、三年間早かったなあ……という感嘆と、卒業生の合唱に感動して、お昼に行われた食事会でママ友たちと楽しく語らって美味しいごはんに舌鼓を打った。
それから子どもたちをカラオケへ送って、その合間に夕飯の買い物をすませ帰宅の途についた。
いよいよ高校生かあ……という感慨と、締め切りまで20日。あと100枚書けるかなあ……なんてぼんやりと考えながら夕飯の支度を始めた。

東北で何が起こったのかなんてまったく知らなかった。
情報にあふれた時代というけれど、でも情報は自分が欲さなければ何ひとつ伝わってはこないのだ。

翌日からはただただ呆然としていた。
朝刊に大見出しとともに掲載された写真とテレビの映像に打ちのめされる衝撃に、なすすべなくショックを受けるばかりだった。
そして自分は書くことを放棄した。
もう締め切りなんてどうでもよかった。
自分がいったい何ほどの者だというのか。
何事かが起きればこうして無力感にさいなまれ、あっさりと放棄する。
「書かなければならない」絶対的な執念や覚悟が自分にはないじゃないか。
そんな人間が書く物なんてたかがしれてる。何のたしにもならない。そんなものは世の中に必要ではない。紙と電気の無駄だ。
作家になりたい?
ちゃんちゃらおかしいや。
こうして衣食住が足りた毎日を送れて、それでじゅうぶんすぎるほど幸せじゃないか。
申し訳ないくらいすでに恵まれているじゃないか……。



……と、まあふだん愚鈍な自分でさえ、こんな精神状態でありました。
それだけこの大震災は深かれ浅かれ、誰の胸にもなにがしかの爪痕を残していった果てのない巨大なものでした。

こうして沈んで、そして今また浮いて上昇しつつ……そのなかで感じたことは、
衣食住の足りた安全な場所に身を置く人間が停滞することは、驕りと怠けとの紙一重なのだな……と。

ここ一月のあいだは、いろんなことがめまぐるしくありました。
すぐに立ち止まってしまう停滞前線のようなうっとうしい自分を叱咤するように、日常はベルトコンベヤーで運ばれる品物のようにどんどん流れてやって来ます。
卒業式が2回、入学式も2回、丁稚の誕生日もありました。
そして今まで見ないふりをしていた物置代わりの小部屋を片付けました。
今後震災に見舞われたときのために、身の回りの品を整理して、少しでも身軽にしておきたいと思ったのです。
しかしまあ、化石発掘のように色んな層から物が出てくる出てくる(笑)。
山のような本。
いつか使おうと思って取っておいた雑貨などなど。
その存在の欠けらすら忘れて仕舞い込んでいたものがざっくざく♪
ということはもう現在の自分には必要ない物ということだよなあ。

もちろん完璧にはできませんが、何度もいやんなっちゃう気持ちをなだめつつ、多少の整理ができました。
はふ~~。
疲れるけど、身体を動かすとスッキリします。
やはり何をするにも「頭で考える前に動け」ですなあ。


すでに有名な動画なのでご存じの方もいらっしゃるかも。

このおじいさんの態度が清々しくってほんとうにすばらしい。
自衛隊員に抱っこされてワンも一緒に救出です!!!


ダニエルさんからのお礼。

ダニエルさんも無事で良かった!
久しぶりにダニエルさんの山形弁ききました。
こちらからお礼を言いたいです。少しでも長い支援を続けていきたいです。

防災の仮想シミュレーション。

2011 - 04/12 [Tue] - 16:05

すっかり更新が滞ってしまいました。
みなさまお元気でいらっしゃいますか?

おかげさまで毎日元気にあわただしく過ごしております。
自由に動ける環境と健康な身体があるということは何てありがたいことでしょうか!

いろいろと書きたいことはあるのですが、
とりあえず首都圏の防災仮想シミュレーションの記事を見つけましたので
ご紹介します。
あくまでも仮想ですので、参考程度にどうぞ。



防災仮想シミュレーション

千葉沖で大地震があれば、15分以内に4階以上のビルに登れば良いです。
(http://flood.firetree.net/?ll=35.7643,140.2762&z=7&m=20 )

千葉と東京の境のあたりを、太平洋側から津波が流れ、房総半島の付け根(利根川の海岸口から侵入し、国道356号線に沿って通過)をまたいで東京に侵入する。
この時、反対側の東京湾の入り口からも津波が入り、東京湾でV字の合流で津波が巨大化します。
この時期は、太陽黒点が100個超える日が5日以上継続し、大きな大フレアーの発生を宇宙天気情報センター(黒点情報サイト)(http://swc.nict.go.jp/sunspot/)が示した翌日から要注意です。
津波は数時間さえ避ければ、大丈夫です。
普段も歩く場合は、入れるビルを確認していれば大丈夫です。
以上は、防災意識のための想像フィクションです。
要は立つ場所の認識をしながら生活すれば大丈夫です。




車の運転にもありますよね。いわゆる危険予知。
「にゃんこが飛び出してくるかもしれない」
「ボールを追いかけた子どもが飛び出してくるかもしれない」
「前方のチャリのおじいさんがよろけて車の前に倒れるかもしれない」
「先の角に白バイが隠れているかもしれない」←ちょっとちがう。

そんな多少の意識を持つだけでもずいぶん状況は変わると思います。
たとえばそれが運転ならコンマゼロの違いでも確実にブレーキペダルを踏む速さは変わるし。
「悪いことを想像するとその通りになる」とか「縁起が悪い」とか、自分も今までそんな感性で生きてきた面が多分にあります。
でもそれとこれとは別ものなのですよね。
今まではお買いものでこじゃれたお店へ出かけても、非常口を確認することなんてしたことありませんでした。
でも今は緑の誘導灯に自然と目がいきます。
先日福岡パルコとオープンしたての博多シティへ丁稚(上)とおでかけしてきたのですが、
目的の8階(「リラックマ・ストア」うふ)まで、なんとなくエレベーターに乗る気が起きず、エスカレーターでちまちま移動しました。
ま、ささやかな危険回避です。
自己満足でいいんです。ネ。

PS.
クリスピークリームドーナッツ!ついに九州初上陸だああ!!
でも……。
長蛇の列にくじけました。
今度は負けないぞ!

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