新しい頁(ペイジ)をきりはなつとき 紙の花粉は匂ひよく立つ ~室生犀星「本」。

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日本の震災瓦礫が北米西海岸に大量に漂着そして……。

2013 - 04/06 [Sat] - 15:54

春の嵐……桜も散ってしまいましたね。
まだお雛様も出しっぱなし……オイオイな毎日です(汗)。

さて本題に。
潮流の関係で大震災時に海に流出してしまった瓦礫が2年経った現在、北米に大量に流れ着いているということ、そしてその撤去作業のための賠償金を日本政府が支払うという記事をいつかニュースで見たことがありました。

このニュースのことはすっかり忘れていたのですが、それに関してカナダとアメリカの反応を伝えてくれる動画がアップされていましたのでご紹介します。

以下、動画と動画解説はすべてテキサス親父 日本事務局よりお借りしました。




【動画解説】

2011年3月11日に東日本を襲った震災時の津波の影響で、海に流された震災の瓦礫(がれき)が、約2年の歳月を掛けて、大量に北米西海岸(カナダの西海岸と米国の西海岸)に大量に漂着している。

カナダにいる日本人留学生達も、日本から流れてきて迷惑を掛けていると言う事で、現地でボランティアで清掃を行っている。

そんな中、この震災の瓦礫について、カナダのメディアが報じており、また、その中には日本からこの瓦礫の清掃作業のために100万ドルがカナダ政府に送られたことを報じている。

このニュースサイトには、読者のコメント欄がありそのコメント欄の多くが、

「このお金は受け取るべきではない」

「こんなのを受け取るのは恥ずかしい」

「丁寧にお断りするべきだ」

「自分の地域の議員や国会議員にお金は受け取らないようにとメールを送ったよ」

「日本が津波を起こした訳ではないのに何で?」

「日本には、まだ、多くの人が大変な思いをしているのに受け取るべきではない」

「驚いた!自分達があれだけの災害にやられたのに」

「日本が海にゴミを捨てた訳じゃないだろ」

「100万ドル貰ったんなら200万ドル日本の海岸を片付けるために為に寄付しろよ」

「マジで受け取ったのか?」

「そのまま返すとか拒否するのは失礼だから、一度貰って別な形で返せよ」

「日本の文化では、貰ったら返すってのがあるから、それに従って返せよ」

このようにほとんどのカナダ人達が、「日本自身が大変なんだから返せ」と言っています。
また、

「日本は凄い国だ!自分達大変な時にでも他国に気を使うことが出来るとは素晴らしい」
などなど、一部の例外を除き、非常に文化的なコメントで埋め尽くされています。


カナダのニュースサイト:http://www.cbc.ca/news/world/story/2013/03/13/bc-tsunami-debris-clean-up-japan-money.html

ジャパンタイムスの記事:http://www.japantoday.com/category/national/view/japan-donates-5-mil-to-u-s-for-tsunami-debris-cleanup
(記事自体は保存期限切れですが、コメント欄はそのまま残っています。

さて、テキサス親父が、この震災が日本海側で発生し、その瓦礫が朝鮮半島やロシアへ流れ着いて、日本がそれに対して同じように撤去費用を支払った場合、朝鮮人やロシア人達の反応はどのようなものだろう?と言っています。皆さんは、どう思いますか?




日本人留学生のみなさんも撤去作業のボランティアをされているのですね!
地味な努力に頭が下がります。
ありがとうございます!
北米の皆さんもありがたいコメントをありがとうございます!

ロシアのみなさんもきっと同じように感じてくれるのでは?と思うけどなあ(笑)。
(ロシア芸術贔屓なのでロシアにはちょいと甘いワタクシ)
プーチンさんにはこっそりと期待もしてたりして。色んな事で(笑)。

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あの日から2年 羽生くんインタビュー。

2013 - 03/10 [Sun] - 13:37

東日本大震災で被災してから2年。
羽生くんが当時と現在の心境を語ってくれた。

昨年日本を離れ、カナダの名門フィギュアクラブ クリケット・クラブに練習拠点を移した羽生くん。
オーサー・コーチに師事するというニュースは、ここ数年の女子フィギュアスケートの騒動を憂えているファンなら誰しもが眉をひそめる選択だった。
(ずっと羽生くんを指導してきた、ななみ先生の存在が大きかっただけに……)
もちろん天水も。よりにもよって、あのオーサー・コーチかい!!……と。
(どうせなら、ぞにーと同じロシアの「おうじたま」ペト様に師事してくれればいいのに~~~~ってこれは冗談ですが・笑)

オーサー氏が傲岸不遜な女子の教え子から嘘つき呼ばわりされたあげく後ろ足で砂を掛けられるような真似をされてしまったことについては同情もするけれど、でも彼は自身が出場したオリンピックで「日本人ジャッジが自分に不当に低い点数を付けたせいで金メダルが取れなかった」と公言するくらいの日本嫌いだったので、そこに日本人の羽生くんが受け入れてもらえるのか……という心配もあった。

けれどそんないらぬファンの杞憂をよそに羽生くんは(以前から成長著しかったけどそれ以上に)目覚ましい驀進を見せてくれた。

羽生くんは前しか見ていない。

強い子だ……と思う。

渡航の第一の目的は理想のスケート環境を手に入れるため。
クリケット・クラブがどれだけフィギュアスケート選手にとって素晴らしい環境なのか、そしてオーサー・コーチに師事すること、自分の選択は間違ってはいなかったことを証明してみせた。

そして震災で経験した恐怖や悲しみを乗り越えるステップとして異国の練習場所は大変な刺激になったことだろうと思う。英語の会話だけで神経が疲弊してしまうことだってあっただろう。

震災のことは忘れたいけど、忘れてはいけない。

そんな葛藤を皆が抱えている。

あの日を忘れることは罪だと………。


(動画主さまアップありがとうございます!)

東北のためになんて思わなくていい。
自分の為に頑張ればいい。
そうすれば被災地のみんなが喜んでくれる。



仙台の希望の星 羽生結弦。

その重荷はいつしか前へ進む力へ。

復興の6ヶ月。

2011 - 10/29 [Sat] - 12:45

アメリカ在住の方が、某掲示板にて東日本大震災の復興記事を紹介してくれました。

『そこに住んでいる人たちは勤勉で努力家で、一生懸命立ち直ろうとしているんだと言うことが伝わってきます。(アメリカのカタリーナの時と全く違う)国がきちんと動いていたら、今もっと、ビジョンを持って復興に向けて動けているかも。。。。と口惜しいです』


→震災直後        →         →6ヶ月後
earthquake_combo_photos_01.jpg

このように被災地の6ヶ月間を時系列で見せてくれています。
車や建物には所有権があり、なかなか動かせなかったという事情もあったようですが(政府は復興に関係ないことに手を伸ばしすぎ。TPP、5兆円スワップ反対!)それでも日本人の智恵と技術力でもっと早く復興の兆しが見えていたのではないかと臍をかむ思いです。
当てにならない政府より現地の方達の努力によって光明は見えています。
ぜひ下記をクリックしてご覧ください。


The Frame

September 13, 2011
Japan marks 6 months since earthquake, tsunami

(注:英語サイトです)

桜花力。

2011 - 10/26 [Wed] - 13:00

someiyosino
(読売新聞 中嶋基樹氏撮影)

岩手県宮古市の市立高浜小学校で、東日本大震災の津波につかったソメイヨシノ1本が季節外れの花を咲かせ、児童らを驚かせている。

 大洞晴洋(おおほらはるみ)校長が9月27日、校庭にある7本のソメイヨシノのうち1本に、10輪ほどの花が咲いているのを見つけた。今は40輪に増え、つぼみも多くある。

 海沿いにある校庭は津波で1・5メートルほど浸水。ソメイヨシノは例年通り4月に花を咲かせたが、葉っぱは約2か月早い9月初めに散った。同県立緑化センターは「津波による塩害で弱り、子孫だけでも残そうと、花を咲かせて種をつけようとした可能性がある」としている。

 6年生の星浩斗(ひろと)君(12)は「きれいでびっくりした。頑張っている桜を見ると、元気が出る」と笑顔で見入っていた。




塩水に浸かってしまった桜。

これから先どうしよう、とか、生きて行けるの、とか
途方に暮れることもなく
ただ生きる本能で次世代のための花を咲かせる。

どうして生まれたの
どうして生きなければいけないの
植物は人間のように一粒の疑問も持ちはしない。
ただ「生きる」のみ。

どうしようかなあ
できるかなあ
そんなことをついつい考えて、ああ、今日も結局できなかったとため息を吐く。
小さな物事さえロクに行動に移せずにいる人間には
ただ迷いなく凜と立つ植物に敬意を抱くのみ。

こもだるの旗印。

2011 - 07/07 [Thu] - 11:31

読売新聞 2011(平成23)年4月14日付 朝刊

「酒造りの技と心は残っている」

老舗再建 誓いのタル

yomi11

 東日本大震災による津波で壊滅的な打撃を受けた岩手県陸前高田市の老舗酒造会社「酔仙(すいせん)酒造」が、再び立ち上がろうとしている。役員や社員に多くの犠牲者を出し、社屋も工場もがれきとなった。だが、「形のあるものは何もなくなったが、酒造りの技術と心は残っている」と金野(こんの)靖彦社長(64)はゼロからの再建を誓う。

 酔仙酒造は、陸前高田、大船渡両市の八つの造り酒屋が1944年に合併した「気仙酒造」が前身。気仙川の伏流水に恵まれ、看板銘柄の「酔仙」は2007、08年全国新酒鑑評会で金賞を受賞。日本酒離れが進むなか、最近は、中国に販路を拡大するなど新規事業にも乗り出していた。
 震災のあった3月11日は午後4時から、前年から仕込んだ酒の出荷を前に、杜氏(とうじ)らをねぎらう「甑倒し(こしきだおし)」が開かれる予定だった。
 2回の大きな揺れの後、社員らがそれぞれの自宅に帰り始めたところに、防災無線から「津波が防波堤を越えました。逃げて下さい!」という泣き叫ぶような男性の声が響いた。
 妻と車に乗り、アクセルを踏み込んだ。車を止め振り向くと、社屋や自宅のあった場所には、がれき混じりの海が波打ちながら広がっていた。
社員と役員計約60人のうち4人が亡くなり、3人が行方不明となった。
 震災から2日後、水が引いた会社跡に立った。国の登録有形文化財にもなっていた社屋は跡形もなく、市民の目を楽しませてくれた約100本の桜は数本しか残らなかった。150あった酒造用のタンクの大半が横倒しになっていた。がれきの山の中で、あの日本酒の香りが漂い、胸を締め付けた。
 金野社長やほとんどの社員が自宅を失い、避難所や親戚宅に身を寄せる中、4月4日、会社に近い避難所の市立第一中学校の教室に、連絡のついた社員約40名を集めた。
無傷で見つかった「酒の神様」と伝えられる京都・松尾大社の神棚を黒板の前に置き、社員に切り出した。「社員の身分はそのままで、雇用調整助成金などを活用して再建していく。協力してほしい」。社員の間からは「頑張ります」という声が上がった。
 その後、社員らと会社の跡地まで歩き、亡くなった4人に花を手向けた。目を上げると、がれきから飛び出た鉄骨に「酔仙」と書かれたこもだるが引っかかり、旗印のように揺れていた。
yomi6

「前へ進め、と背中を押してくれているんですかね」。
金野社長はこもだるを見上げ、再起を誓った。



 
関連記事 日経ビジネス オンライン

200年以上続く老舗社長が語る 「陸前高田も会社も無くなりました」




個人で撮影されたもののようですが、酔仙酒造近辺の映像です。
「桜がきれいだったんだよ」のつぶやきが切ない。


アップ主さんのコメント。
「東北地方太平洋冲地震にあった酒蔵、酔仙の姿です。悩みましたが、載せます。酔仙ファンの皆様へ贈りたいと思います」

「本当にアップするのは悩みました。今でも後悔している自分がいま­す。ただ、地元を離れて心配している方々のためにアップした。報­道に載らない部分を知りたい方々のために。少しでも役にたちたく­て。お礼のコメントを頂くなんて・・・岩手県沿岸は必ず復興しま­す!皆様のご支援、応援で必ず!」

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